天使の棲む家

  昔々、村のはずれに天使が棲んでいました。
  背中には白いはねが生えていて、子供たちは天使が大好きでした。
  でも天使は飛ぶことができませんでした。
  それでも、子供たちは天使の処へやって来て、村の話を聞かせてくれました。
  天使も、子供たちにいろいろな話を聞かせてあげました。
  村のはずれの天使の家は、いつも笑い声でいっぱいでした。

  でも、村の大人たちは、村のはずれは危ないから と
  子供たちが天使に会いにいこうとすると、しかりました。
  大人たちには、天使の姿は見えなかったからです。
  天使なんて本当はいないのよ と、しかりました。

  天使の家には誰も来なくなりました。
  春が来て 夏になって 秋が過ぎても、
  誰も来ませんでした。
  天使は一人でした。
  何年も 何十年も一人で
  空を見上げていました。


  そんなある日のことでした。
  一人の若い男が村のはずれにやって来て、
  天使の家に住みはじめました。
  男は天使に気づいていませんでした。
  天使は、何十年か振りに人間の姿を見ました。
  天使は 何故かとてもうれしくて
  屋根裏から、いつも階下をのぞいていました。

  月の明るい夜でした。
  男は、屋根裏から淡い光がもれているのに気づきました。
  そっと、戸を開けてのぞいてみると
  背中からはねを生やした少女が、天窓から月をながめていました。
  男には、はっきりと天使の姿が見えたのです。
  天使は驚きましたが、男の方がもっと驚いたようでした。
  天使は、男の驚いた顔を見て、おもわず笑ってしまいました。
  何十年か振りに 笑ってしまいました。


  男はいろんな話をたくさん聞かせてくれました。
  天使の知らない何十年かの間に、街も 村も 人間の心もすっかり
  かわってしまったようでした。
  天使は時々、さびしい気持ちになりましたが、
  男といれば平気でした。
  男はとってももの識りで、とてもやさしく笑う人でした。
  天使も、昔 子供たちに話したことをすべて、男に話しました。
  男はいつもやさしくうなずいてくれました。
  天使は、何十年も昔に忘れたと思っていた
  「幸せ」な気持ちが体中に満ちていくのを感じました。


  春が来て 夏になって 秋が過ぎて
  そんな「幸せ」な季節が、天使と男の住む家のまわりを幾度か流れていきました。

  それは、突然のことでした。
  男は、この家を出る と 天使に告げました。
  天使は、また一人になるのは嫌だ と男に頼みました。
  しかし、男の決心は変わりませんでした。
  男は、天使に理由を丁寧に、そしてやさしく聞かせました。
  冬が明けたら出ていく と男は天使に言いました。

  その年の冬は、何年か振りの大雪でした。
  家の中は、火を焚いても毎日凍えそうな程でした。
  天使は屋根裏から出て来ませんでした。
  男も 屋根裏には行きませんでした。


  ユキワリソウが芽を出しはじめ、もうすぐ冬が明ける時が近付いてきました。

  月の明るい夜でした。
  天使は屋根裏の戸を開けて、階下へ降りていきました。
  男は眠っていました。
  月の光に照らされた男の顔は
  やさしくて きれいでした。
  暖炉の炎が、天使の頬を照らしました。

  天使は悲しくなりました。
  天使はテーブルの上にあったバターナイフを手にとりました。
  バターナイフは、冷たい光を放っていて、
  月の光を受けて、ますます冷たく見えました。
  天使がそれを上に振り上げると
  ナイフの先端が、銀色の弧線を描きました。
  相変わらず 男は寝ていました。
  天使は とても悲しくなりました。
  天使の足元に、何かが落ちてはじけました。
  窓の外には 月がぽっかり浮かんでいました。


  やがて冬が明け、男は出ていきました。
  男が振り返ることはありませんでした。
  天使が屋根裏から出てくることもありませんでした。


  遠い昔に、天使が棲んでいた村のはずれ。
  今でも天使は、その家にいるのでしょうか。














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